2012年10月20日

一粒の麦

こんにちは。
最近ご飯がおいしすぎてこまっているこまちです。


毎年秋になるとお米のおいしさを再発見します。
さすがは食欲の秋
自然の恵みにあらためて感謝ですね。

天高く馬肥ゆる秋
食べすぎにはくれぐれも注意しましょう。





さて、今日はしかしご飯の話をしに来たのではないのですダッシュ(走り出すさま)
秋といえばもうひとつ忘れてはいけないのが読書の秋
というわけで、今回はこまちの読書感想文ぴかぴか(新しい)第二回を書こうと思います!



今回ご紹介するのはこちらです。
siokari.jpg
『塩狩峠』(三浦綾子作)



有名な話なのでご存知の方も多いかと思います。
この物語は、主人公である永野信夫の生涯を追うという形で進んでいきます。


―――永野信夫は、明治十年、東京に生まれた。母親は自分を生んですぐに亡くなったと聞かされていたが、祖母であるトセに厳しくも愛情深く育てられていた。
しかし信夫10歳のとき、あるきっかけでトセが急死し、彼の生活は一変する。
父である貞行が、亡くなったと思っていた信夫の実の母・菊と、実の妹に当たる待子を家に連れてきたからである。
実は、キリスト教信者であった菊は、信夫が生まれたばかりの頃、耶蘇教嫌いのトセによって家を追い出されていたのだ。
母と妹を愛しながらも、二人の信じるキリスト教に反感を覚える信夫。
さまざまな思いや悩みを抱えながら、信夫は成長していく。
23歳になった信夫は、友人吉川の勧めで北海道に渡り、鉄道会社に勤めるようになる。
そこで、キリスト教者である吉川の妹・ふじ子の生き方に触れ、また町で出会った宣教師の言葉に衝撃を受け、初めてキリスト教と真剣に向き合う信夫。
やがて敬虔なキリスト教徒となった信夫は、職場にとっても教会にとってもなくてはならない存在になっていくが…―――




作者の三浦綾子さんはキリスト教徒で、他に『氷点』なんかも書かれています。
この『塩狩峠』は映画化もされており、衝撃と感動のラストはかなり有名です。
しかも、この物語が北海道で実際におこった鉄道事故から着想を得たものであり、つまり実話をもとにして書かれているということも、大きな反響を呼びました。



私も、このラストについては聞き知っていたのですが、やはり衝撃でした。

愛と自己犠牲。

自分の幸福の一切を捨て、他人のために身を投げ出す。

もし自分だったら、そんなことができるだろうか…

ありきたりな問いについて、ごちゃごちゃ考えてしまいました。



うーん。
自分一人の命で、多くの人の命が助かるんなら、それは申し分ない。
名誉ある死って感じするし。
だけど、いざとなったらできない気がする。
だって自分が犠牲になることで本当にみんなが助かるかどうかわかんないじゃん。
もし失敗したらかっこわるいじゃん。
なんか、他にいい方法はないのかな。確実に成功して、かつだれも死ななくていい方法。
ってそんなこと考えてる間に手遅れになっちゃうか。



…たぶん、信夫は、何も考えていなかったのだと思います。
自分は犠牲になれるとか、なれないとか、そういう問題ではもはやなくて、ただ救いたいという思いだけがあって、その方法として自分の命を捨てる道が見えたから、迷わずその道を選んだ。
それだけだったのだと思います。




相手のためなら、自分のことも忘れてなりふり構わず飛び込んでしまえるその強さを、私も持てるようになりたいと思いました。




「一粒の麦、地に落ちて死なずば、唯一つにて在らん、
 もし死なば、多くの実を結ぶべし。」



文庫版の扉には、こんなキリスト教の聖句がのっています。



主人公の信夫も、もとからそんなに強かったわけではありません。
むしろこの物語の大半には、信夫の悩みや葛藤がつづられています。
彼から迷いが消えたのは、それまでずっと拒絶していたキリスト教を受け入れたときでした。
人生の軸となるべきものを得たからこそ、信夫は強さを手にできたのだと思います。





だからと言って
「悩んでいる人はみんなキリスト教徒になろう☆」
ということが言いたいんではなくて。

重要なことは、そういう悩みや葛藤から、信夫が逃げなかった、ということなんです。



自分の生き方にかかわる問題であったりとか、物事の本質についての問いっていうのは、
答えなんて出なくても、なんとなく生きていくことくらいならできるから、
そんなこと考えもしない人が多いのです。

あるいは考えても、たいていの人は答えが出ないと言って投げ出して、自分の中に違和感を抱えたまま生きていくのです。



そんななかで信夫は、求めることをやめませんでした。
だからこそ、一つの答えに行きついたんだと思います。



信夫やふじ子の生涯は、作者である三浦さんに重なるところがあるといいます。
三浦さん自身も、きっと多くの悩みや葛藤を乗り越えてきたのでしょう。



考えただけじゃ答えが出ないことは、私のまわりにもたくさんあります。
そういうことと向き合い続けるのは、確かに苦しいんだけど、
それでも求めて、求めて、求めて続けていった先にある答えにたどり着けたら、
きっとゆるぎない強さを持った一粒の麦に、なれるんじゃないか、と思うのです。





というわけで、こまちの読書感想文第二回でした。
長文を全部読んで下さった方、ありがとうございますかわいい
機会があったらこの本、ぜひ読んでみてください

posted by 広大CARP at 20:16| Comment(4) | TrackBack(0) | こまちの読書感想文 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
塩狩峠は有名なラストシーンしか知らなかったけど、もともと主人公がとてつもない聖人とかいう話じゃないんだね。いろんな葛藤や悩みを経験しながら主人公が変わってゆくところも魅力なのかな。今度読んでみよー
Posted by みどり at 2012年10月21日 09:16
(感ノД`動)クスン..
いかに生きるか‐重要だよね
私も一粒の麦になりたいな^^
Posted by CHIP at 2012年10月22日 10:30
中二のときに『塩狩峠』を読み、それ以来三浦綾子の虜になってしまいました。

記憶はおぼろげですが、信夫がふじ子に告白し、ふじ子が病弱を理由に拒否したときの信夫のセリフが大好きです!

苦労と忍耐を乗り越え、愛を貫いた人の人生がこれほど美しいとは思いませんでした。

少しでも近づけるようになりたいですね!


Posted by neo(慶応CARP) at 2012年10月23日 15:58
>みどりさん
そうなんです!
むしろそこがこの本の見どころだと私は思います。
あと主人公だけじゃなく、彼を取り巻く人たちのさまざまな生き方にも、考えさせられます。
ぜひ読んでみてください!

>CHIPさん
そうですよね。なかなか難しいですが…
そういう意味では、「いかに生きるか」に向き合えるCARPの活動って貴重ですよね。

>neoさん
わかります!
三浦さん自身も体が弱く、いくつもの難病に苦しんでこられた方なので、自分とふじ子を重ねていた部分もあったのだと思います。
美しい人生を送りたいですね!

Posted by こまち at 2012年10月29日 15:48
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