2016年07月01日

カエルの楽園

お元気様です。レイです!!


じめじめとした季節に入ってきましたね


雨が降っていて、外で何かしようにも...。



という時には読書が一番!



ということで、日頃あまり読書をしない自分ですが(前回の投稿に便乗して)最近話題になっている本があったので読んでみました。



今回読んだのがこれです!




カエルの楽園 -
カエルの楽園 -



はい、今の時季にぴったりですね



『永遠の0』の著者である、百田尚樹さんの作品です。本人曰く今までのなかで、最高傑作なんだとか。




簡潔に内容をお伝えしますと....。






あるカエルの国がありました。



カエルの世界は厳しく、カエルどうしが争い、多くの天敵から逃れながら必死に生きていました。



しかし、そのカエルの国は長年争いもなく、平和に暮らしていました。



この国のカエルたちは平和な国を維持するために、ある戒めを大切にしていました。



「カエルを信じろ、カエルと争うな、争うための力を持つな」



この三戒と呼ばれる決まりを大切にしているおかげで、国の平和が保たれていると思われました。



国の隣に住む凶暴なウシガエルからも、この戒めがあるおかげで守られていると信じられてきました。



しかし、ある時、隣の国のウシガエルが国の近くまで入ってきました。



国のカエルたちは慌てふためきます。



そのとき、その近くを一匹の鷲が通りかかりました。この鷲はカエルの国の近くに住む住民です。



すると、ウシガエルが自分の住処に戻っていきました。



カエルたちは安心して、こう言いました。



「やっぱり三戒の力はすごいな〜!」



こうしてカエルたちはこの『三戒』と呼ばれる決まりを守り、信じ続けました。



そして、決して自分たちから争いごとをしない。争わない、と固く誓いを立てるのでした。
たとえ、ウシガエルがこの国に攻め入ったとしても...。





とまあ、こんな感じで話は続いていきます。



もうわかりましたか?



このカエルたちは何を比喩しているのか?三戒とは?



そうです。この話は何を示唆しているのかというと、憲法9条を守り続ける我々日本のことを示唆しているのです



日本が憲法9条を守り続けると、この先どうなっていくのか?



それを百田尚樹さんはわかりやすく、咀嚼しながらこの本を通して伝えているように感じます。



まあ、あくまでも比喩ですけどね。



最終的に、このカエルの国がどうなっていくのかは、皆さんの目で確かめて見て下さい。



今の日本の現状を知るのに、とてもわかりやすい本だと思います。



自分はこの本を読んで、改めて改憲の必要性を感じさせられました。



最近また、中国が日本の領海に侵略してくるというニュースがありました。



確実に今の日本は中国からの脅威にさらされています。



そのことを本当に感じている人はどれだけいるのでしょうか?






posted by ヒューマ at 18:58| Comment(3) | TrackBack(0) | こまちの読書感想文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月12日

ほんとうに大切なこと

お元気様です!初めまして、ハッピーと言います。


最近読んだのですが、プルーフ・オブ・ヘブンって知ってますか?


プルーフ・オブ・ヘヴン--脳神経外科医が見た死後の世界 -
プルーフ・オブ・ヘヴン--脳神経外科医が見た死後の世界 -

全米で200万部突破していて、作者がNHKスペシャルに出演していたとか。
今回はこの本で心に残ったことを紹介します。






"天国の証明"ということですが、最初全然イメージが沸きませんでした。
まずはどんな人が書いたのか簡単に言うと、


ハーバード・メディカル・スクールで15年間准教授を務め、医師を25年間務め、150以上の論文を執筆、世界各国の医学会議などで200回を越えるプレゼンを行っている、エベン・アレグザンダー」さんです。





こんな人が天国の証明をするのは正直不思議でした。天国に興味があったのか?信仰が深かったのか?いずれもあてはまりません。


では、頭がおかしくなってしまったのか?
・・・そうです、彼は頭がおかしくなってしまったのです。(以下は一部本からの抜粋)




エベンさんはある朝いつもより早く目が覚め、激しい頭痛を我慢していたところ、意識がなくなりました。救急車で運ばれ、何らかの病気で脳が損傷していることが判明しましたが、大脳新皮質が侵されて意識が戻らず、脳が機能していない状況に・・・



この間に彼の意識は天国に行き、彼の体は7日間植物状態で病院のベットの上にいました。(結局前例のない症例でした。重度の大腸菌性髄膜炎というので、興味があれば調べてみてください。)




奇跡的な回復を遂げたのち、彼は、
「関連文献を使ってその間に体験した出来事を説明する方法を探れば探るほど、それらがみごとなまでに用をなさないことが明らかになってきた。私がそこで体験したことは、…(中略)…脳の高次機能を示唆しており、その逆ではあり得なかった。ところが高次機能をつかさどる脳の領域は、活動不能になっていたのだ。」



また、
「この地上と向こうの世界で出会った存在たちのために――真理を探究する科学者として、また人を助けることに自らを捧げる医師として、これがほんとうの話であり、きわめて重要な真実を伝えていることを、できる限り人々に知ってもらう責任があると考えている。この話には私だけでなく、すべての人々にとって大切な意味があるからだ。」
と言っています。




要するに、私たちの知っている世界の法則では説明できない世界が確実にあって、それが私たち一人一人にとって大切な意味を持っているということでしょうか。



大切な意味とは何か・・・?




「現実に核心をなしているのは物質であり、思考、意識、着想、感情、精神などそのほかのすべてはそこから産出されたものでしかないと考えてきた自分こそが、盲目だった。」
と彼は言います。







キーワードはです。








彼は天国で、
「あなたは永遠に、深く愛されてます」「恐れるようなことは何もありません」「あなたのすることには、ひとつも間違いはありません」というメッセージを受け取りました。


このメッセージから、多くの人が神様に抱いていた印象とは違う、神様の姿が浮かび上がってきます。審判主、無慈悲な神様ではなく、私たちのすべてを受け入れ、愛してくださる、のような存在です。




一番印象に残ったのは、
「生みの親に手放された孤児の私は、『あなたは愛されている』という言葉を必要としていた。これはしかし、物質主義のこの時代に生きる人々のだれもが必要としている言葉でもある。ほんとうの自分とはなんなのか、どこから来てどこへ向かっているのかについて、真実はそうでないにもかかわらず全員が自分を孤児のように感じているからだ。もっと大局的な見地を取り戻し、創造主の無条件の愛の記憶を呼び覚まさずにいる限り、この世界で自分を見失っている感覚はいつまでも続くだろう。」
というところです。





もし神様が本当にいるのであれば、私たちにとって神様の愛ほど価値のあるモノはないのではないでしょうか?




大切なものは分かったけど、じゃあどうすればいいの?」と思うかもしれません。正直、本をしっかり読んでもどうすべきか分からないと思います。





まずは神、天国、宇宙について知らなければなりませんが、彼は、
現時点でこの知識を伝えようとするのは、たとえて言えば、一日だけ人間になって人間のすばらしい知恵をすべて体験してきたチンパンジーが、群れに帰ってからロマンス語系の言語の違い、微積分、壮大な宇宙について語ろうとするようなものなのだ。」と言います。





つまり、霊感があっても知能があっても、天国に行ったことがあっても人々に大切なことを伝えきれないということです。




私は、特別なことといったら、姉と散歩中にUFOを見たことがあるくらいで、普通の人間です。つまり、普通に生きていてもほんとうに大切なことは・・・



この本が出版される何十年も前に解明され、神様・霊界・地上世界について説いている理論体系があります。




それが今私たちが学んでいる統一原理です。
批判もうわさも多くありますが、私たちのような普通の人間でも創造主の無条件の愛を論理性をもって知ることができます。そして、神様がいるという前提から人生や宇宙の謎を論じています。



エベンさんを含め、多くの人々に伝えていきたいと思っています。





最後に一言。
騙される方法は二通りある。ひとつは嘘を信じること、もうひとつは真実そのものを認めないことである。――セーレン・キェルケゴール













posted by ヒューマ at 01:47| Comment(1) | TrackBack(0) | こまちの読書感想文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月29日

あたりまえだけど、あたりまえじゃない。

こんにちは!かわいい

毎日暑いなあと思っていたら
最近降り続いてた雨のせいか
朝晩涼しい風が吹くようになりましたね。


今日広島市内の駅に行ったら「鈴虫プレゼント!」みたいなのやってましたよ。
気付けばもうすぐ八月も終わりなんですね。



毎年夏の終わりが近づくとさみしい気持ちになる、こまちです。

今日はお久しぶりのこまちの読書感想文を書くべくやってまいりました。ぴかぴか(新しい)ぴかぴか(新しい)





今回ご紹介するのはこちら

BandPhoto_2014_04_22_19_51_14.jpg
『親のこころ』(木村耕一)
うしろのひとはきにしないでくださいね


この本には主に
全国各地、年齢性別問わず集められた
様々な人たちの「親とのエピソード」が紹介されています。

つまり子どもからみた親の姿や、親への思いが綴られているということですね。


このシリーズ全部で4巻ほどあるのですが、この度先輩が全部取り寄せて下さったようで


ありがたく4巻読ませて頂きました


いや…
泣けるっていうのは聞いていたんですけどね





案の定、感動しました。





ひとつひとつのエピソードは
そんなに大仰じゃなくて


ふとした一言とか
ささいな思い出とか


そういったものを綴った
短い文章なんですけど



でも
だからこそ
少しずつ、心にじわじわくるものがありました。




決して
派手なことしてたりするわけじゃないんですけど


言葉とか
行動の端々に
子どもを一番に想ってるっていうのが
にじみ出てるんですよね。





親のこころって
こういうものなんだなぁと思いました。




どんな「私」であっても
いつも想ってくれる


時には鬼になったりもするけど
いつでも私の幸せを願ってくれる



そんな存在がいることを知っているなら、こころづよいですよね。





この本には
一般の人の体験談とは別に、歴史上の有名人たちの親とのエピソードも載っています。


それを読むと
彼らの成功の裏には、親の尽力があったんだということがわかります。




私たちも
見えるところ見えないところで
たくさん親に支えられているんだろうな…




でも
なかなか気づけなかったりとか
素直になれなかったりもするんですよね。




私も最近ちょうど実家に帰ってたんですけどね。
なかなか難しいですね。
感謝しないといけないなとわかってはいるんですけどね。



この本に体験談を投稿されている方々も、大人になって、親になって、あるいは年をとって
はじめて親のこころに気付いた
はじめて感謝を伝えられた
という方、多いです。




それができないのは、まだまだコドモな証拠なのかもしれません…





でも
この本を読んで思ったのは
せめて
「親のこころ」をちゃんと
心にとめておこうということ。




私たちが当たり前のように過ごしている毎日は
数え切れないほどの苦労によって支えられているんだということとか



どんなに自分が悲しくて苦しくて
自分にはなんの価値もないんだと思える時でも
自分を愛し
幸せを願ってくれる存在がいるんだってこととか。





そういうことを忘れずにいれば
それはきっと、自分自身の心の支えになると思います。



そして
いつかちゃんと感謝を伝えられるようになったら
ちゃんと恩返しができるようになったら




そのときは
できるだけたくさん
今できなかった分まで
返したいなあと思うのです。




まあ
「孝行したいときに親はなし」
なんてことになったら悲しいので
今この時にも返していけるようにならないとですけどね!





というわけで
こまちの読書感想文でした!


この本を読んで

お父さんお母さん!!ありがとうぅぅぅ。゚(゚´Д`゚)゜。ウァァァン

ってなったら
ぜひその感謝を伝えてみてくださいね!ぴかぴか(新しい)
posted by ヒューマ at 20:16| Comment(4) | TrackBack(0) | こまちの読書感想文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月16日

バカになればいいんだよ。

こんにちは。こまちです。
町はそろそろ、クリスマスカラークリスマスに染まってまいりましたね。

最近広大CARPのみんなは中間テストで忙しそうですが、文学部のこまちさんはそんなものどこ吹く風晴れなのであります。

なので、この時間を利用して少しでもCARPに貢献したい!手(グー)と思いまして、記事を書くことにしたしだいです。


というわけで、今日は皆さんお待ちかねのこまちの読書感想文本をお送りしたいと思いますダッシュ(走り出すさま)




今回ご紹介するのはこちら。

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『奇跡のリンゴ』(石川拓治著)


この本については、以前このブログでもみどりさんが触れていましたよね。
あらすじはここでご確認ください!
みどりさんの記事


「絶対不可能」と言われたリンゴの無農薬栽培を、8年にも及ぶ試行錯誤の末に実現した一人の男の物語。



いや、感動でした。本当に。



一応「8年にも及ぶ」って書いているけど、本当は木村さんの苦労ってそんなものじゃないんですよ。
リンゴが世に認められて、本当にちゃんと生計を立てていけるようになるまで、実に10年近くも苦労しているんです。




挫折に次ぐ挫折周囲からの冷たい目終わりの見えない極貧生活・・・・
木村さんの大きな夢の前に立ちはだかる現実は、あまりにも厳しいものでした。





それでも、木村さんは、挑戦することをやめませんでした。
やめられなかった、と言ったほうが正しいのかもしれません。

ここで自分が諦めたら、もう誰もそれをやろうとはしない。
自分が諦めるということは、人類が諦めるということなのだ。

そんな思いに突き動かされて、木村さんはリンゴの無農薬栽培という夢にしがみつき続けます。




そしてついにすべての希望が尽き、本当のどん底に突き当たった時、木村さんはある不思議な体験を通して、一つの答えにたどり着くのです。



その「答え」が何だったのかは、この本を読んで確認してもらうとして。




それにしても、木村さんという人はすごい。本当にすごいんです。
読んで下さればわかるんですが、自然だとか、人生だとかに対する考え方や、向き合い方が全然違う。
木村さんの言葉には、はっとさせられることが多くあります。
しかもそんな数々の名言を口にしておきながら、本人は何を言ったかよく覚えていないというこの、超越しちゃってる感。




そして、見てくださいこの満面の笑顔左斜め上
見てるこっちまで元気が出てきます。
これがあの、地獄のような日々を通過してきた人の顔だなんて到底思えない。



でも、読んでると、その苦労があったからこそ、木村さんはこんな風に笑えるのだなあということが、しみじみわかってくるんです。





「バカになればいいんだよ」
と、木村さんは言います。

バカになるって、そんなに簡単なことではない。
でも、つらくて苦しくて、どうしようもなくなったとき、死ぬくらいなら、その前に一回はバカになってみたらいい、と。

「ひとつのものに狂えば、いつか必ず答えに巡り合うことができるんだよ」、と。



本当にその通りの人生を歩いてる方だな、と思います。



私たちはと言えば、何かを始めても、なんどか壁にぶちあたればすぐに投げ出してしまうことがほとんど。
そもそも、たいていは
本当にその答えを見つけたい!!
死んでもそれを成し遂げたい!!

という、信念というか、強い思いがないですからね。





でも、せっかくの人生。
本当にこれだけは譲れない、と思える何かひとつのことに、一度くらいは死ぬ気で取り組んでみたいじゃないですか。




そういう経験をした人じゃないと絶対に見えない世界があるのだと、木村さんの物語は教えてくれます。


月明かりに照らされた「リンゴの木」の葉の輝き。
8年ぶりに咲いたリンゴの花の美しさ。
たった2つだけ収穫できたリンゴの、美味しさ。



そんな世界を私も見てみたいなあと思わされました。




みなさんには、
人生をかけて取り組めるひとつのことがありますか?





そのひとつをみつけて、バカになること
これができれば、誰もが木村さんのような、素晴らしい景色を見ることができるはずです。




ぴかぴか(新しい)バカになれる人生ぴかぴか(新しい)を、私たちも歩みたいものですねかわいい






というわけで、こまちの読書感想文第3回でした。
いつもながらの長文を読んでくださってありがとうございます。
まだこの本読んだことないって方はぜひ読んでみてください。

ちなみに言うと、このお話2013年に映画化されるそうです。
こちらも大注目ですね!
posted by ヒューマ at 01:33| Comment(4) | TrackBack(0) | こまちの読書感想文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月20日

一粒の麦

こんにちは。
最近ご飯がおいしすぎてこまっているこまちです。


毎年秋になるとお米のおいしさを再発見します。
さすがは食欲の秋
自然の恵みにあらためて感謝ですね。

天高く馬肥ゆる秋
食べすぎにはくれぐれも注意しましょう。





さて、今日はしかしご飯の話をしに来たのではないのですダッシュ(走り出すさま)
秋といえばもうひとつ忘れてはいけないのが読書の秋
というわけで、今回はこまちの読書感想文ぴかぴか(新しい)第二回を書こうと思います!



今回ご紹介するのはこちらです。
siokari.jpg
『塩狩峠』(三浦綾子作)



有名な話なのでご存知の方も多いかと思います。
この物語は、主人公である永野信夫の生涯を追うという形で進んでいきます。


―――永野信夫は、明治十年、東京に生まれた。母親は自分を生んですぐに亡くなったと聞かされていたが、祖母であるトセに厳しくも愛情深く育てられていた。
しかし信夫10歳のとき、あるきっかけでトセが急死し、彼の生活は一変する。
父である貞行が、亡くなったと思っていた信夫の実の母・菊と、実の妹に当たる待子を家に連れてきたからである。
実は、キリスト教信者であった菊は、信夫が生まれたばかりの頃、耶蘇教嫌いのトセによって家を追い出されていたのだ。
母と妹を愛しながらも、二人の信じるキリスト教に反感を覚える信夫。
さまざまな思いや悩みを抱えながら、信夫は成長していく。
23歳になった信夫は、友人吉川の勧めで北海道に渡り、鉄道会社に勤めるようになる。
そこで、キリスト教者である吉川の妹・ふじ子の生き方に触れ、また町で出会った宣教師の言葉に衝撃を受け、初めてキリスト教と真剣に向き合う信夫。
やがて敬虔なキリスト教徒となった信夫は、職場にとっても教会にとってもなくてはならない存在になっていくが…―――




作者の三浦綾子さんはキリスト教徒で、他に『氷点』なんかも書かれています。
この『塩狩峠』は映画化もされており、衝撃と感動のラストはかなり有名です。
しかも、この物語が北海道で実際におこった鉄道事故から着想を得たものであり、つまり実話をもとにして書かれているということも、大きな反響を呼びました。



私も、このラストについては聞き知っていたのですが、やはり衝撃でした。

愛と自己犠牲。

自分の幸福の一切を捨て、他人のために身を投げ出す。

もし自分だったら、そんなことができるだろうか…

ありきたりな問いについて、ごちゃごちゃ考えてしまいました。



うーん。
自分一人の命で、多くの人の命が助かるんなら、それは申し分ない。
名誉ある死って感じするし。
だけど、いざとなったらできない気がする。
だって自分が犠牲になることで本当にみんなが助かるかどうかわかんないじゃん。
もし失敗したらかっこわるいじゃん。
なんか、他にいい方法はないのかな。確実に成功して、かつだれも死ななくていい方法。
ってそんなこと考えてる間に手遅れになっちゃうか。



…たぶん、信夫は、何も考えていなかったのだと思います。
自分は犠牲になれるとか、なれないとか、そういう問題ではもはやなくて、ただ救いたいという思いだけがあって、その方法として自分の命を捨てる道が見えたから、迷わずその道を選んだ。
それだけだったのだと思います。




相手のためなら、自分のことも忘れてなりふり構わず飛び込んでしまえるその強さを、私も持てるようになりたいと思いました。




「一粒の麦、地に落ちて死なずば、唯一つにて在らん、
 もし死なば、多くの実を結ぶべし。」



文庫版の扉には、こんなキリスト教の聖句がのっています。



主人公の信夫も、もとからそんなに強かったわけではありません。
むしろこの物語の大半には、信夫の悩みや葛藤がつづられています。
彼から迷いが消えたのは、それまでずっと拒絶していたキリスト教を受け入れたときでした。
人生の軸となるべきものを得たからこそ、信夫は強さを手にできたのだと思います。





だからと言って
「悩んでいる人はみんなキリスト教徒になろう☆」
ということが言いたいんではなくて。

重要なことは、そういう悩みや葛藤から、信夫が逃げなかった、ということなんです。



自分の生き方にかかわる問題であったりとか、物事の本質についての問いっていうのは、
答えなんて出なくても、なんとなく生きていくことくらいならできるから、
そんなこと考えもしない人が多いのです。

あるいは考えても、たいていの人は答えが出ないと言って投げ出して、自分の中に違和感を抱えたまま生きていくのです。



そんななかで信夫は、求めることをやめませんでした。
だからこそ、一つの答えに行きついたんだと思います。



信夫やふじ子の生涯は、作者である三浦さんに重なるところがあるといいます。
三浦さん自身も、きっと多くの悩みや葛藤を乗り越えてきたのでしょう。



考えただけじゃ答えが出ないことは、私のまわりにもたくさんあります。
そういうことと向き合い続けるのは、確かに苦しいんだけど、
それでも求めて、求めて、求めて続けていった先にある答えにたどり着けたら、
きっとゆるぎない強さを持った一粒の麦に、なれるんじゃないか、と思うのです。





というわけで、こまちの読書感想文第二回でした。
長文を全部読んで下さった方、ありがとうございますかわいい
機会があったらこの本、ぜひ読んでみてください

posted by ヒューマ at 20:16| Comment(4) | TrackBack(0) | こまちの読書感想文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする